ゴリラ農園

霊長類としての尊厳を守るためのブログ

はじめての街コン

 週の初めから陰鬱な気分が漂っていた。理由は単純明快で、週末にいよいよ街コンに行くからだ。初対面の人間といきなり1対1で何を話せばいいのかという、基礎の段階で詰まっており、脳が焼け焦げるほど悩み続けた結果、答えは”無”。策がないまま、死刑執行を待つのみとなる。

 

 金曜日に、会社で行われる「社員を鼓舞する」という名目で、上層部の方々に御託を並べられた後に立食パーティーをするという催しがあった。モチベーションを上げたければ黙って給料を上げるという猿でもわかる結論を避け、延々と”労働力”たちにありがたいお言葉を投げかけてくる。上層部の「ぼくたちのしょうらいのゆめ」が終わるとようやく立食パーティーが始まる。立食パーティーでは偉いジジイどもとクソつまらない会話をしたくないがために、自然と同期達が同じ卓に集まり、息をひそめていた。

 同期の卓では、メスの同期が「なんか浮いた話とかないの?」と男性陣に”陰の者”しかいないのに無闇に言葉のハンマーを振りかざすので、街コンに行くという話を俺の話題の手札から切る。俺はなんでもいいからアドバイスが欲しかったのだ。が、ダメ。屁ほども参考にならない。なぜなら女性陣もまた”陰の者”だったからだ。

それどころかアドバイスを貰おうと思った結果、俺がマジでヤバい奴というレッテルを貼られるハメになる。

「街コンで趣味の話は何を話すの?」と聞かれたので「映画鑑賞とかじゃね?」と言うと、ありきたりでつまらないというような反応をされたので、最近は赤の他人が身内用に作ったスタンプを買うのにハマっていると言ってしまった。失言だった。これは完全に自分の中のサイコパスの部分で、あまり他人に知られていい話ではない。

同期どもは、まるでピンと来ていないため、滅多に使わない同期用のグループLINEにそのスタンプを貼る。完全にドン引き。人の所業ではないというような顔で俺の方を見る。うるせえ、俺もこれがポピュラーな遊びではないということはわかってんだ。特にドン引きされたのは赤ちゃんのスタンプ。確かに、こうしてわざわざ文字に起こして自分の行いを再確認すると、相当気持ち悪いなと思う。

他人の赤ちゃんのスタンプ使って何が楽しいの?と聞かれて、もう我が子だと思ってるというと余計にヤバい奴だと思われてしまったので、「友達の中でこういう赤の他人のスタンプを買う遊びが流行っている」というホラを吹いて、なんとか人権を失わずに済んだ。

一応、赤の他人スタンプ買ってる友達いるし嘘ではないよな、な?俺が5個も買ってるだけで1個買ったら何個買っても同じだよな。罪は消えないんだよ。

結局、友達に赤の他人の身内用スタンプを集めている奴がいるという話題を街コンで使えばウケるのでは?という結論に至った。連絡先を交換した後、赤の他人の身内用スタンプを送ることで恐怖は完成する。

 

 何の成果も得られないまま当日を迎える。午前に宅配便による目覚ましをかけていたため、最後の準備時間はたっぷりとある。今更ではあるが、イベント詳細ページを開き、ドレスコードではないことを確認。だが「清潔感のある服装」という記載があり、清潔感の概念を己に問う。完全にパーカーに上着を着て行こうと思っていた。俺の中でパーカーはフォーマルな恰好だと思っていたから。

清潔感ってなんだよ。パーカーじゃダメなのか?ダメな気がしてきたな…という脳内会議を経て、パーカーを泣く泣くやめることにした。パーカーはフードのボリュームで小顔効果があるらしい。肩幅もごまかせるし天空のよろいか何かだと思っているフシがある。

朝食も昼食も採らず、食べかけのポップコーンのみを口にし、重い足取りで会場の最寄り駅まで向かう。開催時間は夜なので、若干一日も終わりかけているが、本番はこれからというのがとにかく苦しかった。

 一緒に参加する友達2人と合流して、開催場所へと向かう。この戦いは孤独ではない。それが唯一の救いであった。ヤバい奴がいたらヤバい奴が居たとシェアできる人間がいる事がどれだけ心強いかことか。後世に伝えたい。

友達は男1人女1人の好守兼ね備えた構成。ドラクエ2でいうとローレシアの王子サマルトリアの王子ムーンブルクの王女のパーティ。ドラクエ2やったことないけど。

 

 

 腰が引けながらも会場に向かうと、半個室のような会場だった。広い会場で男女ごとに横一列に並べられて回転寿司のように回ってひとりひとりと会話していくものだと思っていたが、大きな仕切りで区切られていた。出鼻をくじかれつつ受付を済ませると、自分の番号が書いてある席に行けと言われ向かう。

2席あるうちのの片方にはすでに女性が座っていた。殺すしかねえ。これは命を賭けた椅子取りゲームだ。肝を冷やしながら空いている席に座る。受付からここまで、心臓は常にバクバクと鳴っている。俺の寿命がすり減っていくのを感じる。何を得て、何を失うのか。

全員が揃うまでプロフィールカードを記入する時間となっていて、とにかくこれが重要なのでクソ真面目にプロフィールカードを記入する。

まず最初に相手とプロフィールカードを交換してから会話するという流れなので、逆にこれをちゃんと書いていれば話題には困らないと高を括っていた。

しかし、好きな芸能人の欄が埋められない。これはどういう”好き”なんだ…?好きな芸人を書いてお笑いの話題に持っていく欄なのか?三四郎の小宮を頭にチラつかせながら無駄な思考を巡らせてしまい、空白のまま記入時間が終了する。

 

 いよいよ、赤の他人と会話をする地獄が幕開けようとしていたが、何故か隣にいた女性が別の席へと移動してしまった。俺の覇気にあてられたのだろうか。

結局、俺の隣に人が居ない状態で会話タイムがスタートする。これが街コンの洗礼か。周りに響く会話をよそに俺は虚空を見つめていた。一度目の会話タイムが終わり、男性陣が席を一つずつ移動していく。ようやく、か。と思い次の席を覗き込むと、また誰もいなかった。俺の次の席にいた男もまた、虚空を見つめていたのだ。虚無のベルトコンベアに乗っているのか、俺は。

 次の席移動の時間が来ようとしている時に、隣に女性が来た。おせぇ~よ!もう運命の輪は廻り始めてんだよ!!!!「すみません…」と会釈をされ、俺は複雑な気持ちで席を移動した。後で友達に聞いた話によると、その人は調布に住んでいる人らしい。今度見かけたら四足歩行で追いかけまわすからな。

 

 次の席にはようやく人の姿があった。第一村人発見。と思っていると最初に隣に座っていた人だった。奇遇ですね。「最初に座ってた人ですよね?すみませんなんか席移動させられちゃって…」という謝罪から入られたが、ここに来るまでの間、虚空を見つめて精神統一していたので完全にどうでもよかった。謝られる筋合いもないし謝る筋合いもないのだ。フェアにいこう。

懐で温めておいたプロフィールカードを交換し、ようやくまともな会話がはじまる。相手のプロフィールを見ると30代の方だった。この街コンは女性が20~35くらいまで、男は25~35くらいまででカテゴリーとしては婚活も含まれていた。プロフィールカードには年収のチェックボックスもあり、好きな芸能人以外埋めていた俺は無論、一番収入が低い選択肢にチェックを入れている。お互いに利害の不一致を感じとり、完全に会話が当たり障りのないものと化する。相手の飼っている犬の話を掘り下げていたところで、席移動の時間になる。実際に会話してみてわかったが、会話のために設けられている時間が短い。これで何がわかるのだろうか。犬の事だけだろう。

 

 俺はいったい何をしているのだろうという気持ちに包まれながら次の席へと向かうとダラりと座っている女性が気だるそうにプロフィールカードを書いていた。おせぇ~よ!もう運命の輪は廻り始めてんだよ!!!!しかもなんかできあがってないか?何アルコール入れてきてんだよ、シラフで挑まんかい!この方も30代で、基本的になんか、何言ってるかわからなくて恐怖すら覚える。

今年一番内容の薄い会話を終えて次の席に移動する。ようやくまともなファーストコンタクトを取ることに成功し、プロフィールカードを交換すると、趣味が映画で好きな映画も被っていた。なかなかやるじゃねえか、と思っているとこの方も30代で、ここで俺は「もしかして婚活がメインなのでは?」という思いに駆られはじめる。決して30代の女性を貶めているわけではない。まず彼女もできたことがないし童貞だし結婚なんて眼中にないし財力もないということ。持たざる者なのだ俺は。オタク特有の映画の話をベラベラと続けてマウントを取り、席を移動した。

 

 

 次の席には誰もいなかった。ここはセーフティゾーンだったのかと思うほど心が安らいだ。マジで婚活じゃねえのか?と思い頭を抱えるように自分のプロフィールカードに目を落とすと、空白が目についた。そう、好きな芸能人の欄だ。今まで会話してきた人はここを埋めていて、各々好きな男性の芸能人を書いていた。ダンディな俳優とかイケメン俳優を書いていたと思う。もはやヤケクソになっており、せっかくだから俺も埋めようと、好きな女性芸能人を思い浮かべる。いない。脳裏には有村架純がチラつくが、最近はそんなに好きではない。

そうだ…環奈!環奈、好きだ!後先考えずに「橋本環奈」と筆を走らせる。もう後戻りはできない。ハードルをこれ以上ないほど爆上げして次のステージへと移る。

 

 

 席を覗くと、もはや格好が若い。今までの人たちは大人びた女性といった感じだったが、明らかに女子大生のソレだった。ここにきて、いよいよ本来望んでいた街コンがはじまると思うと再び心臓がバクバクと鳴りはじめる。死期が近い。

乙女のようにドキドキし、名乗りながらプロフィールカードを交換すると、23歳。若い。抜群に若く感じる。顔も可愛い。なんなら、もはや好きだ。

しかし、事態は思わぬ方向へと向かう。プロフィールカードに目を通した後に一言、「橋本環奈って、そんな顔の女はここにはいないよ」と。

~~~~~~ッ!!

いきなり好きな芸能人に橋本環奈と書いたことが完全に裏目に出ているではないか。どういうことだ環奈。でも当の本人もジャニーズのメンバーを書いていたので正直これはクロスカウンターだと思う。お前それ人の事言えないからなオイ、聞いてんのか。

その後はジャニーズの話をして時間終了。投了です。

 

 

 しばらくの間、無人地帯が続き、虚無と見つめあう。俺は5000円払って何をしているのだろうか。次の相手も再び30代の女性で明らかにこちらに興味がなかった。好きな芸能人に橋本環奈と書いていることのみをイジられ、大きく出たねぇ~と言われる。お前も好きな芸能人書かんかい!「広瀬すずならセーフだった」という謎理論を展開しはじめたあたりで席の移動となる。いよいよ精神も摩耗してきている。早くご飯が食べたい…水しかでない街コンで俺は飢餓状態に陥っていた。

久しぶりに20代の女性がいたが、料理の話をして終了。もしかして俺には男女の会話ができないのでは。俺は友達を作りにきているのか、問診をしているのか。

 

 

 1対1で全員と会話するので、当然友達の席にも行くことになるのだが、鬼のようにモテていた。机の上には連絡先を記入できるカードがあり、LINEIDやメールアドレスを書いて渡せるシステムがある。俺はLINEIDがツイッターIDと似ているので絶対に使いたくなかったので、書くことはなかった。何しに行ったんだ俺は。

その、連絡先カードが机の上に重なっている。常日頃から「私はモテる」とか言っていたが、事実を目の当たりにすると面白かった。モテて仕方がないのか、精神をすり減らしている俺とは大違いで、ツヤツヤになりながら満面の笑みで席に座っている。ほぼ全員から連絡先カードをもらっているという自慢を喰らったあたりで次の席に移動する。

 

 

 次の席が最後で、なんだか疲れたように女性が座っていた。この方も30代で最近本気で婚活しはじめたと言っていた。お互いに疲れていたのか、終始雑談をして過ごす。会話時間が終わるとメッセージカードと記入する時間になる。

メッセージカードとは、気になった相手に対して最後のアプローチを仕掛けることができるシステムで、連絡先を一方的に投げつけたりすることができる最強のカード。1人4枚まで書ける。

俺は23歳のジャニオタにメッセージカードを送るべきか否か、悩んだ挙句に送らない選択肢を選んだ。会話弾んでないしな。そもそも。

隣の人も誰にもメッセージカードを送っていないようで、誰にも送らないんですねという話からポツポツと雑談をしていた。街コンでカップル成立してもまるでその後に発展しないという愚痴を言っており、街コンの闇が垣間見える。

 

 メッセージカードが3枚も届いた。誰だ誰だ?と思うと映画の趣味が合った人と当たり障りのない雑談をかました人からで、残りの1枚がどうしても思い出せない。この番号は誰だ…?という思考を巡らせていると隣の人が「マジで思い出せないんですか?!」と記憶力を心配してくる。うるせえ!こっちは脳が焼け焦げてんだ!労わらんかい!

結局、友達がフザけて送っていたことが判明し「またお話ししたいです♡」などというメッセージだけで連絡先が書いていない怪文書の謎が解けた。よく話してるだろ。

 メッセージカードの次は告白カードとかいう、何番の人が良かったというのを上位5人まで書くカードがあり、そこがこう、うまくマッチするとカップル成立という流れになるのだが、当然書いていない。ジャニオタからメッセージカードが来なかったから。

告白カードの集計を待つ間、隣で雑談をかましていた女性から連絡先カードにLINEIDを書いて「よかったら送ってください」とカードをくれた。計3人(全員30代)から連絡先を貰ったことになる。結論から述べると消去法でモテる。相手の妥協先になるかどうかという点でメッセージカードを貰うことができる。また一つ賢くなってしまった。

総じて振り返ると、ひとりひとりの会話時間が本当に短いのでいいなと思った瞬間に連絡先カードを書く勇気が必要。

 

 告白カードの集計が終わると2組のカップルが誕生していた、1組は鬼のようにモテていた友達だった。何してんの。この後メシ食いに行くって言ったじゃん!

外に出ると参加者どもが外でたむろしていた。散れ散れ、終わったんだよ。未練は捨てろ、あばよジャニオタ。しばらくすると友達から「うまく合流を希望」とLINEが来ていた。カップル成立したので、男側からご飯に誘われていたらしい。俺もカップル成立した途端に彼氏面してぇ~~~ッ!!

 男友達もメッセージカードを貰っていて、みんな連絡先を一方的に貰っていることになりハッピーエンド。男友達はちょっと街コンがクセになりそうで怖い。

3人とも連絡先を貰っておいて誰も連絡をとっていない。

カップル成立した友達ですら連絡をとっていない。男サイドが不憫すぎてならない。

クリスマス前にまた行きたいという不穏な話をして解散した。 

 

 

その日ずっと、俺のカバンの中にはおしゃぶりが入っていたということは誰も知らない…